11月21日<ラマダンについて>

 

去る11月16日から、ジブティでもラマダン(イスラム教の断食月)がはじまりました。

タリバンが世界的にクローズアップされ、イスラム教にも興味が集まっている時期だけに、ひょっとしたら日本でも、ラマダンのことはいろいろ報道されているかもしれません。

断食と言っても、全く何も食わないわけではなく、朝のお祈りを済ませた5時頃(日の出)から、夕方のお祈りを済ませた夕方6時頃(日没)までは、食べ物も飲み物も口にしてはいけない、というしきたりになっています。彼らはこのことを忠実に守ります。日中は、本当に何も口にしません。私たち外国人は、普段どおりの生活で何も変わりませんが、日中は人目につく所で飲食することははばかられる(事実上不可能)など、少なからぬ影響もあります。現地人の利用する街中の大衆食堂(私も好んで利用しています)などは、夕方まで閉まったままになります。しかし「断食」とは言っても、日が沈めば、彼らは夕方に軽く一回、夜・深夜・朝方に各一回と、計3〜4回食事をとるため、ただ単に昼夜が逆転した生活を送っているだけのように私には感じられます。

 典型的な途上国の常で、普段からジブティ人はダラダラと働いています。所用で官公庁・銀行・その他いろいろな職場ヘ行っても、イライラさせられることがままあります。が、日中飲食できないこの時期は、そのダラダラ度に拍車がかかるため、国全体が輪をかけて機能しなくなります。また、宗教上のしきたりとは言え、陸上競技をはじめとするスポーツ選手たちにとって、このような習慣がパフォーマンス向上の妨げになっていることは明白です。私が関わる選手たちのトレーニングも、ラマダン中は深夜に行なうことになりますが、せっかく40℃を超える日がなくなり、やっと朝夕しのぎやすくなってきたこの時期に、何とももったいないな、などと考えてしまいます。価値の基準をどこにおくか、というような本質的な話になってしまうため、どちらが良い・悪いという問題では全くありませんが、それでも、イスラム国家から優れたアスリートが余り輩出されていないことの一因は、この辺りにあるのではないかと思っています。

 この時期に必ずと言っていいほど体力を落としてしまう選手たちに、如何に工夫したトレーニングをさせてゆくか、悩みどころでもあり、またそんなことを考えるのも意外に楽しいものでもあります。ラマダンを過ごすのは2度目となりましたが、ああまたそんな時期がやってきてしまったな、と感じているところです。

 

―― ジブティで起こったクーデター ――

 もうずいぶん前の話ですが、昨年の12月、ラマダンの真っ最中に、ジブティでクーデターが発生しました。政府に対して反乱を起こした警察が、地元テレビ局・電話局などを占拠し、その反乱を鎮圧しにかかった軍との間で戦闘が繰り広げられました。私の生活圏のストライクゾーンど真ん中である、街の中心部で銃撃戦が繰り広げられ、死者も数人出るといった有り様でした。

 この日、私はハッサンコーチ(この夏亡命してしまった男です)と、エティオピア難民のタイムトライアルをする約束をしており、普段どおり、午後のトレーニングにスタジアムへ向かいました。スタジアムへと向かいながらも、明らかに何か様子がおかしいなと感じていました。ライフルをぶら下げた軍人が至るところでウロウロしていたり、市民が道路を封鎖して走りくる車を止め、その車に飛び乗って街の中心部へと向かおうとしていたりと、「何事か」と思わされるような光景をたくさん目にしました。(市街の中心部へ向かおうとしていたこれら市民は、騒動を煽っていたヤジウマだったということが、のちに分かりました。)

 夕方4時半くらいからウォーミングアップをはじめると、市街地の方から銃声が聞こえはじめ、何か大砲のような音も聞こえてきます。銃声の鳴り響く中、ともかく、ハッサンコーチとともに予定していたタイムトライアルを終わらせ、スタジアムの観客席に登って、眼下に広がる街並みの様子を窺うと、スタジアムの目と鼻の先にある警察の官舎のあたりからも煙が立ち昇っています。「これは一体何なのか」とハッサンやその他周りにいた連中に聞くと「これは戦争だ」「あれはバズーカ砲だ」などと、まるでマンガのような返事が返ってくる、などということもありました。

 銃撃戦は1時間半ほどつづきましたが、スタジアムにいた私たちには幸い何の影響もありませんでした。普段から何かと世話を焼いてくれるスタジアムの警備員たちが、一体何が起こっているのかという情報を逐一教えてくれたので、特に被害を受けることもなく帰途に就くことができました。

 ウソのような本当の話ですが、4時半から6時前まで戦闘を繰り広げた警察官と軍人は、その後、6時のお祈りの時間には、いつも通り仲良く同じモスク(イスラムの教会)で祈っていたとのことでした。

 クーデターの首謀者であった警察庁長官が更迭されるなど、国家としては一大事であったはずですが、どこかマンガ的というか、滑稽な印象が拭い切れないのが、ジブティという国の為せる業かと思います。また、ラマダン中にあって、4時半とか5時とかいうのは、夕方の食事前という、彼らにとって空腹の頂点である時間帯にあたり、思考回路のどこかが壊れてしまったんではないかなどと、勝手な推測をしたりしていました。「あと一時間ほどで飯にありつける」というこの時間帯、ジブティ人たちの疲労とイラ立ちも頂点に達します。

同僚のヤシン陸上コーチは、警察学校の教官が本職ですが、彼もこの日は武器を持って応戦したとのことでした。クーデターの後しばらくの間、ヤシン氏と話していても、「バズーカ、バズーカ」と、いまだ興奮さめやらぬといった様子でした。

 何かが起こる「ラマダン」かもしれませんが、今年はこんな迷惑なことは起こってほしくないものだと思っているところです。